小説「春の雪」
この日、大和平野には、黄ばんだ芒野に風花が舞っていた。春の雪というにはあまりに淡くて、羽虫が飛ぶような降りざまであったが、空が曇っているあいだは空の色に紛れ、かすかに弱日が射すと、却ってそれがちらつく粉雪であることがわかった。寒気は、まともに雪の降る日よりもはるかに厳しかった。
清顕は枕に頭を委ねたまま、聡子に示すことのできる自分の至上の誠について考えていた。
(中略)
黒い幌の隙間から、ほのかに雪片が舞い込んでくるのを見て、清顕は去年の雪の中を、聡子と二人で車を遣ったあの忘れがたい思い出に突き当たり、胸をしめつけられるような心地がした。
文:三島由紀夫
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