小説「天人五衰」の海
きわめて低い波も、岸辺では砕ける。砕ける寸前のあの鶯いろの波の腹の色には、あらゆる海藻が持っているいやらしさに似たいやらしさがある。
乳海攪拌のインド神話を、毎日毎日、ごく日常的にくりかえしている海の攪拌作用。たぶん世界はじっとさせておいてはいけないのだろう。じっとしていることには、自然の悪をよびさます何かがあるのだろう。
五月の海のふくらみは、しかしたえずいらいらと光の点描を移しており、繊細な突起に充たされている。
(中略)
午後三時十分。今どこにも船影がない。
不思議なことだ。これだけ広大な空間が、ただほったらかしにされているのだ。
文:三島由紀夫
小説では伊豆半島の海ですが、写真は茨城の海です。
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