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2011年1月14日 (金)

続・VMAXの女

そこにある店はカフェであるわけもなく、駐車場にはベンチすらなかった。話を続けたいと思っても、移動する時間が惜しかったから、缶コーヒーを片手に立ったまま話を続けた。初めて会ったにもかかわらず、彼女の表情やしぐさは、お互いに話すこと、話すべきことがもっとあることを十分に思わせたが、西日は傾き、冷たい風が吹き始めた。
彼女はどこへ帰るのかはまだ分からない。しかし、あたりは既に、それを考慮すべき時刻と気温になっていた。

そして視線が痛いannoy・・・と言われた以上、私は彼女を正視できなくなってしまった。それでも彼女は出るべきところは出て、細くあるべき部分は細く、バランスが取れているのを、私は最初から見抜いていた。あまりに理想的な風貌は、男からすると意外に直視しにくいものである。男はその背景に、女性とはまた別のものを見るからだ。

「君はどっちに帰る?」
私は地面を見ながら言った。そうせよ!と言われているかのように。
「私は常磐道を南に下るの」
「じゃあ、高速に近いところまで行こうか」
「分かったわ」

そうして、今度は彼女を先に行かせた。想像したとおりの運転だった。細身の体を上手に移動させ、曲線をくねらせながら彼女は走った。V4のエンジン音noteは時に高く、時に低い音を発し、2台はリズミカルにコーナーを抜けていった。私の中で、「アール・ヌーヴォー」という言葉が何度か浮かんでは、消えた。それはまるでワルツnotesのようで、私にペースを合わせていたかどうかは定かではないが、2台一緒に高速に近いところまで走り、止まった。

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そして再び、いろんなことを話した。

「ところで、君の名を聞いていなかった」

 

「いちごさんってハンドルネームでしょ。だから私は・・・私はサエコでいいわ」
「サエコさんか・・・それは本名なの?」
彼女は首を傾げて笑うのみだった。
そして彼女もブログを書いているのだそうだ。それはバイクブログではなく、ほぼ毎日書いている日記のようなものなのだと言った。

 

「ブログの私と、本物の私と、同じだと気づく人とは絶対にいないわ。このキーワードで検索してみて、一番上に出るから」
「そうか、分かった」
これから、そのブログを見れば、サエコの近況は分かるはずだが、こんないい女と1回会って終わりというのは、いかにも名残り惜しかった。

「また会おうか」
一瞬の間ののちにサエコは頭を左右に振った。それは「否」とも取れるし、髪型を整えるために振ったようにも見えた。ダメなのかと思ったが、そうではなかった。

 

「いいわ」

 

正面から言われて私はドキッとした。フルフェイスをかぶるので目と唇しか化粧していなかったが、彼女は十分美しかった。

「いちごさんて、どことなく危険dangerな香りがするわよね」
「危険な香りとは?」
「そうね、危険と言っても、すぐ手を出すような危険さもあるし、その逆に、私がいちごさんにぞっこんheart02になってしまう危険、という意味かもしれないわ」
(うまくかわした、頭のいい女だ)と私は思った。
「本当は?」
「さあ」
と言って
「あっはっは」と彼女はのけぞって高笑いをした。こういうのを『手玉に取られている』というだろう。

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「いつがいい?」

「いつでも」
 

サエコは太陽を背にしていたので、彼女の顔は逆光のせいであまり見えなくなった。目の白い部分と、赤い口紅だけが動いているように見えた。

「じゃあ、風薫る5月にしよう。晴れた日で、待ち合わせは、こんな広い空間がいい」
「うん」

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「それから次は、あまり暑くならない7月初旬。どっちとも、海に行って一緒にランチを食べようか。そのあとは・・・」
「そのあとはsign02
「わからない」
「プッ」とサエコは吹き出した。

 

彼女は二十代後半。家族がどうなのか、結婚しているのかいないのか、していなければ恋人はいるのか・・・それはどうでもいいことだった。一度偶然に会い、半年後にまた会う約束をした。ある意味不思議なつながりだが、5月と7月にはまた会える。そしてその後も、そんな関係でいられる気がした。何故?と聞かれても困るのだが、私はそう思った。男と女を超越したつながりである。しかしこれは突然降ってわいたそれではない。ブログというメディアによって少しずつ形成されていた関係である。
 

「ではそろそろ帰ります。今日は夕方からお仕事なんです」
2,3箇月続けて仕事をして、そのあと1箇月ぐらい休み・・・そんなサイクルの仕事なのだそうだ。

「どこまで帰る?」
「神奈川よ。私は神奈川に住んでいるの。そうそう、これ良かったら使って下さい」
サエコがくれたのは、黒豹の携帯ストラップだった。

「私みたいでしょheart01、うふっ」
「今日からつけさせてもらうよ」
「ずっといちごさんのブログ読んでいましたから。私、いちごさんのファンなんです。今日はありがとうございました」
「では、お気をつけて」
彼女だけが高速に乗ることになった。私は、ここからちょっと走ったところの側道から高速を見晴らせるところで待つことにした。サエコが乗るインターまでは、この場所から2kmぐらいだった。

「じゃあ、また」
「次は5月ね」
「うん」
「それ以前に会いたいと言うのは駄目よ」
「分かった」

諭されるように、私は素直に返事をした。
どちらかともなく手を差し出し、握手をした。二人とも、手はちょっと冷たかった。

サエコはひょいとVMAXにまたがり、エンジンをかけた。右手を上げ、すぐに走り出した。別れ際はいさぎよかったが、もうちょっとベタッとした部分もほしかった気がする。

私は1kmほど南下し、サエコを待つことにした。
約5分後、高速の車線にサエコが現れたのはすぐに分かった。HIDのヘッドライトをハイビームにして追い越し車線を走ってきたのだ。
私は精一杯の力をこめて両手を振った。サエコはちょっとだけスピードを落として左手を上げ、私のいる位置を過ぎると、シフトダウンしてフル加速し、黄金色に染まった高速道路の右コーナーを猛烈なスピードで走りぬけて行った。
私の脳裏には、そのHIDの軌跡が、流れ星のように残っていた。

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今、私はこうして記事を書いている。サエコのブログも見たし、もらった携帯ストラップも目の前にある。あと4ヶ月経ったらまた会える。しかし、サエコの写真も撮らなかった。だから、ふと、あれは本当だったのかという気がする。夢のようなできごとだった。

そう思わせるほど、彼女は、夕闇の空と地平線の間に、鮮やかに消えていった。

Vmax

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