追悼 吉田秀和氏
音楽評論家の吉田秀和氏が満98才で亡くなったと、TVで報じていました。バイク界なら、本田宗一郎氏や吉村秀雄氏が亡くなったようなものです(どちらも故人ですが)。
氏は、我が家からほど近い、水戸芸術館の館長でもありました。その偉大な功績の一つは、音楽を聞く楽しみや幸福を、豊かな感性そのままに表現して、広く世に伝えたことにあります。
これは、私が30才の頃に100円を出して古本で買った、氏の著作です。今でも時々本棚から取り出して読みますが、文章の水準は、並の作家を遥かに超えたものです。例えて言えば、「おいしい」という言葉を一度も使わず、それでいて、料理の味、舌触り、歯ごたえ、香り、温かさ、店の雰囲気、シェフの人となり、そして背後にある文化まで的確に、魅力的に伝えるグルメリポートです。
著作では、戦争中、音楽を渇望したことをこんなふうに書いています。
フォレ ピアノと弦のための五重奏曲第2番
戦争は終わったが、私は生きていた。レコードをかけてももう誰も文句を言いに来なかった。 (中略) 布団もかぶせず、レコードをかけるのは、何ヶ月ぶり、いや何年ぶりだったろうか。
それから、作曲家と、彼を生んだ国土との関係も分かりやすく書いています。
ドヴォルジャーク スラブ舞曲作品72の2
ドボルジャークの音楽にも、私は、大自然からまっすぐに生まれてきた、爽やかで生き生きとした大地の味わいを感じる。彼の音楽には自然のもっている優しさ、調和、行きすぎへの抑制が、いつも裏づけとしてある。
ヴァーグナー ジークフリート牧歌
ヴァーグナーは、マーラー、R・シュトラウス、シェーンベルク、ベルク、それからセザール・フランクとその一派、及びドビュッシーに及ぶ音楽の全ての出現に根源的な意味をもっていたばかりでなく、この人たちのどれよりも大きかった。あるいは、みんなあわせたより大きい存在である。
作曲の背景については、こんなふうに。
ベートーヴェン 弦楽四重奏曲《ラズモフスキー第1番》
第三交響曲《エロイカ》の完成は、ひとりベートーヴェンにとってだけでなく、音楽の歴史全体にとっても、巨大な意味をもつ出来事だったといってもよい。
《エロイカ》の創造に成功したベートーヴェンはその余勢をかって、ピアノソナタ《アパッショナータ》を、オペラ《フィデリオ》を、ピアノ協奏曲第四番、第五番を、そうして三曲の《ラズモフスキー弦楽四重奏曲》を書く。書かずにいられない。
まだまだありすぎて、書ききれません。
氏の著作は、クラシック音楽を聞かない方が読んでも十分に面白いし、クラシックに興味をもつきっかけになること間違いありません。
もう、こんな人は出てこないのだろうなと思うと、ちょっとさみしい。ご冥福をお祈り申し上げます。
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コメント
こんばんわ いちごさん
私の所蔵しているのは「吉田秀和全集」の1.5.6.7.巻です。
もともと「国語」は苦手で「学生時代に「読書」はほとんどしませんでしたが
吉田秀和さんの文章はスーーと入り込めて一気に読めたものです。
「文章の水準は、並の作家を遥かに超えたものです。例えて言えば・・・」はさすがに いちごさん
素晴らしい表現です。・・・時々思うのですが いちごさん 道間違えました? 文才と表現力には敬服します。
思えば「全集」をすべて揃えるべきでした。
私もいちごさんに賛同ですね。 もうこの様な方は二度と出て来ないでしょうね。
投稿: かもしか | 2012年6月 1日 (金) 21時37分
こんばんは。
SevenFiftyです。
吉田秀和さんが亡くなったのですか。
FM放送の「名曲のたのしみ」は時々聴いていたのですが、知らなかった。
FM放送のクラシック番組で戦前生まれで解説をやっているのは皆川達夫さんだけになったようですね。
戦後間もない頃の日本のクラシック界を語れる人が少なくなり寂しいものです。
投稿: SevenFifty | 2012年6月 1日 (金) 22時27分
かもしかさん、こんにちは、
バイクブログらしからぬ記事にコメントありがとうございます。
>私の所蔵しているのは「吉田秀和全集」の1.5.6.7.巻です。
気になってググってみました。かなり冊数がありますね。が、こういうのは借りては駄目なんですね。所有しないと(爆)。
全巻そろって本棚に並べてみたい!
>吉田秀和さんの文章はスーーと入り込めて一気に読めたものです。
そういう感じです。この表現の巧みさは素晴らしいです。
>いちごさん 道間違えました? 文才と表現力には敬服します。
ありがとうございます。が今の仕事も天職だとおもってはいますが(爆)。
>思えば「全集」をすべて揃えるべきでした。
考えることは同じですね!
唯一無二の存在でした。
投稿: いちご | 2012年6月 2日 (土) 12時54分
SevenFiftyさん、コメントありがとうございます。
FM放送の「名曲のたのしみ」は、私はあまり記憶にはありませんが、聞いたことはあります。
>皆川達夫さんだけになったようですね。
この方も名前だけは知ってます。
>戦後間もない頃の日本のクラシック界を語れる人が少なくなり寂しいものです
寂しいですね。古くは五味康祐氏もいました。名曲喫茶で自分の好きな曲が鳴るのをひたすら待った、それが鳴ると拳を握りしめて感動した、なんてくだりは、泣かせます。
投稿: いちご | 2012年6月 2日 (土) 12時59分