Pastoral

「最近、よく眠れないの」
そう言ったのは、Ｙだった。

「じゃあ、寝る前に何か音楽を聞くといい」
私は電話口で、メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲を聞かせてみた。

「こういうのじゃないわ。ピアノがいい」
「じゃあ、深遠なベートーヴェンはどうだい？」
「寝る前には重すぎるわ」
「では、ショパンは？」
「クラシックはあまり聞いたことがないから」
「そうか・・・」

そこで私は、中村由利子さんのCD「Interludes　時の花束」を貸してみた。いわゆる「ニューエイジミュージック」に分類される音楽である。

2,3日経って聞いてみた。

「どうだった？」
「凄い　なにこのCD」
「は？」

「こんないい音楽、今まで聞いたことがなかった」
「ほう・・・」
「眠れなかったのが嘘のようよ。1曲目がすんごくいいわ。終わる前に寝てしまうの」
「それはよかった」
「ピアノの音色って本当に素敵。とても心が落ち着くの」
「そんなにいいかね」
「うん、しばらくCD借りるから」

私は、音楽が精神にもたらす影響を1つ見たと思った。

これが、その1曲目の「Pastoral」だ。

中村由利子さんは、この曲を、北海道の美瑛の丘をイメージしながら作曲したのだそうだ。　

彼女を初めて聞いたのは、FMラジオで聞いた「追憶の街」によってである。それは、夕方仕事で湖沿いを走っていたとき、偶然車のラジオから流れてきた。

落ち着いた音色が静かに続く、どことなく懐かしい感覚を甦らせるこの曲、終わってからナレーションを待った。そこで、中村さんの名前を知った。

すぐにCDを買い、こればかり聞いた。パリ管と共演したこのCD、傑作がそろっている。

ところでＹとは、なんのことはない、愚妻であって（笑）、前半の話は結婚前のことである。

のちに愚妻には、EnyaやKenny Gを教えてあげた。
が、今でも休日の朝などに一番かかっているのは、Pastoralである。「心から安らげる、世界一いい曲」なのだそうだ。