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2013年10月18日 (金)

「永遠の0」感想文 ほか

最近読んだ本ですが、まずは『永遠の0』。

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かなり売れているのは知っていましたが、読んでいませんでした。そこで、知人からお借りして読んでみました。何故買わなかったか 買うほどの本ではないとおぼろげに感じていたからです。

では感想。
特攻隊員の視点や口から書かれた小説というのは、今まであまりなかったかもしれません。その点ではとても斬新だったと思います。敵艦に突っ込みながらモールス信号を打ち続けるという部分は、私は知りませんでした。が、

 

端的に言って、読む価値はありません。この程度の小説が300万部も売れたなんて、どうにかしています。
WEBでも少数の方は酷評していますが、私はそれに共感します。

この小説のファンは多いですよね。なのにこんなこと書いて、嫌な奴ですね。では、そう感じたのは何故か、詳しく書きましょう。

 

まず、書き出しの「スターウォーズ」で、(こりゃだめだ)と思いました。案の定、特攻という題材の重さに比べ、文体も人物設定もライトノベル級の軽さです。それゆえ、早くも1ページ目で小説に対する期待感が激減しました。(ニート、フリーライター、それにこの文体・・・何だこの軽さは?)という感じです。
そこに、作者の単純すぎる史観が追いうちをかけます。いくらなんでも、日本軍の指導者が全員馬鹿扱いはひどすぎませんか? 「皇国の興廃」を考え苦渋の決断をした彼らに対し、これは死者に鞭打つものであり、同時に、閣僚の靖国神社参拝に対して抗議をする、あのメンタリティの低い某国々の面々と同じ精神構造に他なりません。 
次に、小説としての情景描写が浅いので、全体に深みと奥行きが欠けています。例えば、取材を進める健太郎の姉は「弟から見ても美人」とありましたが、ではどんなふうに美人なのか、目が綺麗なのか鼻が高いのか。白金のホテルでインタビューをしましたが、ではホテルの外壁は何色だったのか、高層か低層か、ホテルの周りの様子はどうだったのか。このような描写、背景の記述が全篇にわたってまるきり足りません。したがって何とも薄っぺらな、やたら長いだけのライトノベルになっています。
何より落胆したのは、宮部久蔵はなぜ特攻を志願したのか という部分が曖昧に終わっていることで、まっとうな小説なら、生きて帰ることに誰よりもこだわった男が特攻を志願した裏に、小説としての重大なテーマや作者の主義主張、あるいは仕掛けが隠されているものです。読者はそれを楽しみに読み進めるものですが、それがまるでなく、肩すかしを喰らった気分です。これは小説としては致命的な欠陥です。いや、小説になっていません。
登場人物の老人たちも皆同じ語り口で、書き分けができていません。小説の態をなしていない、ただのインタビュー集。その低次元さは、作者は零式戦闘機に関する取材を一切せず、全て文献のリライトで済ませたことに起因していると思います。
最後になって祖父から真実を聞かされたあと、満点の星空に流れ星が見えたというのも小学生の作文レベルで、笑ってしまいました。想像力が貧困すぎます。570ページですね。
金髪をやめる? 司法試験再挑戦? これも小学生が思いつきそうなストーリー。もっとひねりが欲しいです。
また小説タイトルとは、その中身を凝縮したものであるべきですが、「永遠」の意味がどこにも出て来ず、全くの意味不明です。
零式戦闘機の航続距離、防火性能、宙返りでの格闘戦、20ミリ機銃、VT信管、戦争の経緯・・・私は全て知っていました。
児玉さんの解説に至ってもと首をかしげました。褒めすぎです。
例えて言えば、CGは凄くて前評判だけは期待させるけど、本編はずっと意味不明のドタバタ、最後に場当たりの辻褄合わせをして終わるローランド・エメリッヒの映画のように、期待して読み始めたのに、読後には安っぽい後味の悪さしか残りませんでした。

それと、皆「裸の王様」になっていないか とも思います。
「芸能人がいいと言っていたから」「今話題だから」というだけで、よく読みもせず有り難がっていないか、感動したと言わないとおかしく思われるから、感動したと言っていないか と。

これは3流以下の、面白くも何ともない、中学生レベルの小説作文です。読むだけ時間の無駄。本屋さんは、ライトノベルの棚に並べるがよろしい。

この作文は読む価値はないけれど厚みがあるので、キャンプに持っていって破き、焚き火の火種にするのが最も正しい使い方であろう。

これよりは、吉村昭の「零式戦闘機」のほうがはるかに特攻の悲惨さを伝えています。

 

 

次に吉村昭著『冬の鷹』。
氏の小説は史実を元にしていますから、取材では、山の形はどうか、馬が駆けたときの土ぼこりは黒か茶色か、まで調べるそうです。

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『冬の鷹』は、「解体新書」にまつわる話です。翻訳者としては杉田玄白の名が知られていますが、オランダ語翻訳の中心は、前野良沢でした。良沢と玄白が協力しあい、相手の足りない部分を補完し翻訳から出版へこぎつけるあたりは、引き込まれました。しかし完璧主義者である良沢は、翻訳者として名を連ねることを拒否し、孤高の蘭学者としてその道を究めていきました。物語後半では、老いてなお蘭学の勉強を続ける良沢の姿が、静かな文体につづられていきます。
解体新書の発行が成功したことに緒を発し、華やかに生きた玄白でなく、貧しく孤独になっても、蘭学の研究に一生を捧げた良沢に光を当てたことに、この小説の意義と価値があります。

また途中、単なる「歴史上の人物」としか思わなかった平賀源内や田沼意次なども登場します。その源内が、誰も買わなかった曰くつきの家で、まるで祟られたような悲惨な事件を起こしてしまうとは。教科書での《源内=エレキテル》という社会科の穴埋めテストのような認識しかありませんでしたが、彼は、大変な山師だったのですね。孤独で惨めな最期も、初めて知りました。

 

 

三島由紀夫『金閣寺』。

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最初に読んだのは、18才のときでした。ですからウン十年ぶりの再読です。これは、金閣を放火するに至った、若き僧侶による告白体の文です。ストーリーがどうのというのではなく、読むべきは日本語の語彙を可能な限り駆使して、日本語表現を究めた部分にあります。日本語表現の可能性を極限まで高めた文体と言ってもよさそうです。

例えばこんな文章。

「彼のうしろには、雪をいただいた金閣がかがやき、洗われたように青い冬空が潤んでいた
「美貌の女は、見られることに疲れて、見られる存在であることに飽き果てて、追いつめられて、存在そのもので見返している」

凝集度の高い文なので、長く読んでいると疲れます。

 

 

「永遠の0」は映画化もされるようですね。映画は原作よりマシになってほしいものです。

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コメント

こんにちは。
SevenFiftyです。

>端的に言って、読む価値はありません
だから『永遠の0』か!

>彼は、大変な山師だったのですね。孤独で惨めな最期も、初めて知りました。
これは亡父から教えられ良く知っていました。

>凝集度の高い文なので、長く読んでいると疲れます
耽美主義って言うのか表現が難しいです。
わたしには三島由紀夫はムリなジャンルです。
もっと俗っぽくて下世話な読み物が好きですね。
最近読んだのは大阪の色街の飛田を題材にした本です、悲哀としたたかさと欲とゼニの話でした。

投稿: SevenFifty | 2013年10月20日 (日) 13時54分

SevenFiftyさん、こんな記事にコメントをありがとうございます。

>だから『永遠の0』か!
はい、WEB書評でそんな記述を多く見かけました。書評の90%は賛辞ですが、私には3流以下の馬鹿馬鹿しい小説としか思えませんでした。

さすが、源内のことなどよくご存知ですね。
三島は、ぱっと読むと、難解で回りくどく、何を言いたいか分からない小説と映ることでしょう。でも日本語表現の美しさと多様さを駆使したものですよ。

投稿: いちご | 2013年10月20日 (日) 20時27分

そうでしたか~

ローランドエメリッヒの名前がでただけですべて納得しました。。。

分かり安い例えです(^^;)

投稿: しんちゃん | 2013年10月21日 (月) 16時46分

>しんちゃんさん、コメントありがとうございます。
エメリッヒをご存知でしたか(苦笑)。
「ゴジ○」「independence ・・・」「The day after tomo・・・」「2○12年」「○○1万年」
CGは凄いですがそれだけ。見終わったあとの虚脱感が凄くて、もはや見る気がしません。

投稿: いちご | 2013年10月21日 (月) 20時23分

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