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2018年3月29日 (木)

フォーレ 夢のあとに

某SNSの某グループに投稿したものが評判よかったので、ここでもUPします。

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私が生まれたのは、古い、古い農家である。

築100年以上は経っていたらしい。外から正面を見ると、視界の上半分はところどころ苔が生えたかやぶき屋根で、下の半分は木戸と、茶色に汚れた白壁である。
正面真ん中にある重い木戸を開けると、中は真っ暗というよりは真っ黒だった。土間にある「かまど」から長年出た煙で、全ての柱と梁がすすけていたからだ。
50坪ある平屋の半分は、農作業のための土間だった。

 
冬。
風が吹き込んでとても寒い。暖房は、「熾(おき)」を入れた堀り炬燵しかなかった。「熾」とは、木を燃やしたあとの赤く光る炭のことで、離れにあった五右衛門風呂を薪で沸かしたあと、残った熾をスコップで拾い上げ、炬燵まで運んでくるのだ。
 
炬燵布団をまくりあげ、熾を入れる。布団を上げると煙が出て目に沁みるので、開けるのは禁止。それでも唯一の暖房は暖かく、ありがたかった。
 
 
夏。
大雨が降ると、茅葺き屋根から雨漏りした。すかさず、雫が落ちるあちこちに洗面器やたらいを置くが、それらは雨が激しくなるにつれて、高低差のある音を規則正しく立てるのだっった。
夜は、蚊帳を釣って寝た。
 
 
「この家を、早く建て替えなくちゃなんねえ」
父は何よりも、そのために働いた。
 
 
小学生時代。
帰っても、家には誰もいなかった。親がいなければ暖房もないから、そのまま布団に入って寝てしまう。そうして2,3時間寝て、夕方目を覚ますが、やはり、人の気配はない。小学校の低学年なら、人恋しくなって母親を呼ぶが、どこかの畑で仕事をしているから、聞こえるわけもない。
 
「ファーブル昆虫記」や「野口英世伝記」など、図書室から借りた本があるうちは、まだよかった。それもないときは、幼い小学生は、空腹のまま再び寝た。夕方になって灯りが点り、皆で「ひょっこりひょうたん島」を見る時刻になって、やっと笑顔が戻った。でも、薄暗い家に一人いた寂しさを思い出して、悲しくなることもあった。
 
フォーレの「夢のあとに」を聞くと、幼少時代の、古い家の光景を思い出す。雨に濡れた褥(しとね)の冷たさや、ひんやりした空気などの質感が甦ってくるようである。この曲の元は、夢で出会った美しい女性と幻想的な世界と、夢から覚めて現実に戻された主人公の哀しい叫びだという。そうすると、私がこの音楽から感じる、眠りから目ざめたあとの言いようのない悲しさというのも、あながち的外れではなさそうだ。
 
若干創作を含んでいます。あまり真剣に読まないでください。
 
 

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音楽にまつわる思い出話」カテゴリの記事

コメント

さすが同年代、
私も似たような幼年期でした。

自宅に菓子なんてある訳もなく、
お腹が空くと自宅に生っていた
柿、イチジク等を食べていたので、
これらは今でも好きではありません。

投稿: 片田舎動物病院 | 2018年3月30日 (金) 08時17分

>片田舎動物病院さん
いつもresが遅くてすみません。
同年代ですよね。
私の場合は味噌おにぎりだったように思います。
お菓子なんてありません。
柿は、今でもカラスが食べるものと思っています。^^;

投稿: いちご | 2018年3月31日 (土) 22時01分

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