私のバイク遍歴

原付、中型、限定解除からリターンまでの記憶と心象風景

2013年11月23日 (土)

私のバイク遍歴(62) 限定解除試験合格の裏話

大型二輪免許の限定解除試験に合格したとき(その話はこちら)、実は笑えない裏話があった。ブログにさわりを一度書いたことはあるが、もう全貌を明かしても問題なかろうと思うので、再び披瀝する。

話は25年以上前にさかのぼる。
合格発表後、他に1名いた合格者とはお互い話しかけることもなく、目も合わせず、適当な距離を取って、待合室にある四角く茶色いビニール製のソファに座っていた。免許証の裏に「自二車限定解除」というゴム印を押してもらうのを待っていたのだ。

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彼は手続きを終えて颯爽と帰っていったが、私はなかなか呼ばれなかった。すると館内放送noteがあった。
「大型自動二輪免許試験を受けたいちごさん、30番窓口へお越しください」

免許交付とは違う窓口である。何だろうと思って行ってみると、そこには、さきほどの試験官が、腕組みをして鬼poutのような形相で待っていたのである。

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2012年5月19日 (土)

私のバイク遍歴(61) 白バイ隊員との邂逅

終わったはずのバイク遍歴だが、おくさんのところでカブの記事を見ていたら、初めて白バイ隊員に止められたときのことを思い出した。そこで、「バイク遍歴」第61回(笑)。

 

それは、私がまだ17才の、春sunの日の午後だった。
日曜日、50ccのカブに乗って県庁所在地にある免許試験場に行った。何の用だったかは忘れてしまったが、帰り道も、来たときのように、国道6号線の片側2車線バイパスを、アクセル全開で走った。それは、1日でも早く大型に乗りたいと切望する原付小僧が、スーパーカブに鞭annoyをくれて前傾姿勢で走っている図dashだ。

カブに乗ったことのある方なら分かると思うが、全開にすると、ミラーがブレて全く見えない。それでもバイパスだから、他の車はもっと速い。一番左の車線を、遠慮しながら、しかし全開で走っていた。エンジンはやかましくて、他の車の音はまるで聞こえない。

がふと、妙な胸騒ぎがした。(思わず飛ばしたくなるこの道、俺が乗っているのは50ccバイク、制限速は30km/hだが今のスピードは・・・。ひょっとしてこんな時に・・・)
そう思い、右手は全開のまま、左手でミラー先端を押さえて画像のブレを止めると、そこには追尾してきた白バイが2mぐらい後ろにいて、大写しで見えたのであった。

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2012年2月25日 (土)

私のバイク遍歴(60) 最終回

今回をもって、pc記事としての「私のバイク遍歴」は終了です。

途中、引っ張ったうえに間延びしてしまいましたが、長い長い駄文におつきあいいただき、ありがとうございました。最初は30回も書けば終わるかなと思っていたのですが、60回にもなってしまいました。

大竹オフの画像続き
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ここに書いたのは、遠い少年の日にバイクにあこがれ、16才になると同時に乗り始め、一度降り、そしてリターンし現在に至るまでのことです。が、事実をそのまま書いたわけではなく、些少の脚色artをしています。そういう意味では、写真つきの私小説bookと言えるでしょう。

今回は、今までお読みいただいたお礼?として、私の顔写真をUPしましょう。

どぞ。 って、アバターとたいして違いませんが(爆)。

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2011年10月 6日 (木)

私のバイク遍歴(59) バイクのある人生

もしもバイクに乗っていなかったら・・・・・と考えることがある。

当然、過去から現在に至るまで、自分の人生には、バイクがないことになる。

するとどうなるか。
まず、この「バイク遍歴」で書いてきた数々の思い出(と書くのも恥ずかしいが)や苦労は存在しない。
ツーリング先で、バイクを介した多くの人と知り合うこともなかった。さらには、今バイクブログで知り合って交流している人たちとも、一切接触はなかったことになる。

それに、ツーリング先で見た景色   春の房総半島も、輝く夏の太平洋も、夕暮れの田沢湖高原も、全身が赤く染まるほどの紅葉も、鈴鹿サーキットの8耐も、日本海の夕陽も、富士山も、ビーナスラインも、磐梯吾妻スカイラインも・・・・・・・

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2008年、春の富士山

全てなかったことになる。

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2011年7月29日 (金)

私のバイク遍歴(58) 中型時代

 まだ書くことがあって、連載が伸びている。今回は、2年乗った中型の時代を書いておこう。
 今は普通二輪というが、限定解除試験があった頃は、400cc未満を中型、免許は中型限定免許、略して中免と呼んでいた。

 その頃の一番古い記憶では・・・

 当時の400ccは、4メーカーとも2気筒ばかりだった。HONDAではこのHAWKⅡ。CB400fourという4気筒モデルは、既に生産中止となっていた。
 YAMAHAではGX400という角ばったタンクの4ストモデルがあった。あまり人気がなく、後にYAHAMAは2ストマシンRZ350を投入する。
 SUZUKIは2ストから4ストメーカーに生まれ変わる真っ只中で、GT380に替わるモデルとして、DOHC2気筒のGS400を販売していた。
 KAWASAKIではZ400T(知る人はあまりいないだろう)という、Z750T(これもマイナー)を小さくしたようなモデルがあった。それから末期のKH400(3気筒)。この名を聞いて心躍る方も多いだろう。

HAWKⅡとY氏のXL250Sで行った半キャンプ 猪苗代湖畔の古い写真
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2011年6月 5日 (日)

私のバイク遍歴(57) 思い出のZ2

(このシリーズ、まだ引っ張るのだがcoldsweats01
ある日、Wikipediaでニキ・ラウダをで調べてみて驚いた。F1マシンかと思いきや、ラウダはKAWASAKI Z1 に乗っている。
このZ1は、優雅な曲線を纏った堂々たる体躯である。そう見えるのは、ラウダが小柄だからというのもあるだろう(若い方は、ラウダって誰sign02って感じかもしれないが)。

こうして見ると、Zは妖艶なバイクだと思う。砲弾型メーターから、タンク、カムカバー、サイドカバー、テールに至るまで、曲線を基調としたデザインで統一されている。1970年代からCBと人気を二分し、未だに熱狂的なファンが多いのも、このスタイルによるところは大きいと思われる。

そういえば、中型小僧の頃、よくZ2を見ていた・・・。

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2011年2月19日 (土)

私のバイク遍歴(56) GPz900R試乗

このシリーズ、間があいてしまったので、ちょっとだけ延長してさらに長編とします(笑)。
今回は、GPz900Rに試乗したことを書き忘れていたので、それを。

Gpz900r

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20代後半、すなわちバイクを降りて数年目の冬、私は副業で塾講師のアルバイトをしていた。友人が塾の役員に名を連ねており、彼に頼まれて行っていたのである。
その塾には、T大学の医学生もアルバイトに来ていた。
彼らとは、休憩時間によもやま話をしたり、塾が終わって遅い時間、帰りしなに一緒にラーメンを食べに行ったりした。子供たちとくだらない会話をするのも楽しいものだが、頭脳明晰flairな若い学生と話をするのは、もっと楽しかった。

私は彼らに必ず、「高校時代はずいぶん勉強bookpencilしたのでしょう」と質問をした(笑)。
しかし皆、同じ答えを返したことに、私は唖然とした。

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2010年12月24日 (金)

私のバイク遍歴(55) リッターバイクの重さ

私はそれから20kmほど南に走り、もう1箇所の海岸waveに寄った。

国道から左折して、いくつも続くS字カーブを下ると、海岸手前で道路は突き当りとなる。そこから左右に駐車場があって、海水浴客はここに車を停めるのである。しかし、海の反対側は小高い丘になっていて松林があり、さらにその上には国道が走っているので、開けた空間というのではなく、何となく閉塞感がある。夏は海水浴客も来るのだが、潮の流れが一定していないという話もあり、泳ぐ場所としての評判はあまり良くない。むしろ、潮干狩りに訪れる人のほうが多いぐらいである。

この日は冬。当然、人はほとんどいない。月に「静かの海」というのがあるが、この海岸も、静かの海であった。

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写真はマフラー交換後のもので、場所も上記の文とは違うところ

さて今まで書かなかったことが一つある。それはリッターバイクの重さである。

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2010年12月17日 (金)

私のバイク遍歴(54) リターンライダー

向かったのは、昔バイクでよく来ていた海waveであった。
そこを選んだのに、大した理由はない。1月なので、山へ行けば路面が凍っている恐れがあるし、くねくね道を走るのはまだ怖い。13年ぶりに乗って遠出するのも不安がある。

それより、嬉しさは頂点である。一人ヘルメットの中でニヤニヤする。
それは、単に13年ぶりにリターンしたということにとどまらない。これからこのバイクを中心に、生活-例えば週末の過ごし方-が一変することが予測いや期待されるからである。
さらには、交友関係や、医療で言うところのQOL(Quality of Life)が激変する可能性も秘めている。

バイクとは、そういう可能性を乗り手にもたらす、素敵な道具である。

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2010年12月 9日 (木)

私のバイク遍歴(53) 我がCB1300

この朝の行動はこうである。

自宅から実家へ、車rvcarで20分。
   実家からバス停へ、徒歩runで20分。
     バス停から○駅まで、バスbusで30分。
      ○駅から□駅まで、電車bullettrainで30分。
        □駅から販売店まで、タクシーcarで15分。

待ち時間も入れると、何だかんだと2時間以上かかる。のんびり車窓の風景を眺めるのも楽しかったが、飽きてしまった。職務質問を受けなかったのが幸いだろうか(笑)。

11時、販売店に到着。

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