音楽にまつわる思い出話

クラシックからJ-POPまで、音楽にまつわる思い出を虚実織り交ぜて書く

2014年2月 4日 (火)

大滝詠一の曲

大学時代のある夏休み、私は地元の市民プールで監視のバイトをしていた。

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そこに1才年下のSがいた。彼は東京のアパートに住む私大生で、夏休みだからと地元に帰省していた。バイトには私よりあとから来たが、全身綺麗に焼けた彼は、目を輝かせて言った。

「僕はウィンドサーフィンyachtやってるんです」
「ふうん」
「通学でも、電車内でも、真冬でも、ビーチサンダル履いてるんです」
「ふうん。でもなぜ?」
「サーファーだからです」
「つまりそれは、自分がサーファーであることのアイデンティティ証明というわけかい」
「そういうわけでもないけど、まあ、そんなところです。それに、海が好きなんです」
「ふうん」

彼の後ろにはプールがあり、真夏の太陽が水面に揺らいでいた。

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2014年1月31日 (金)

竹内まりやの曲

いやぁ、ネタがねぇなぁsweat01
そこで、無理やりひねり出してみる。題して、竹内まりやの曲noteについて。

彼女は慶應大学在学中から歌い始め、その頃『戻っておいで・私の時間』などをリリースしたそうである。がどうも、結婚前の曲は、『September』にしても『不思議なピーチパイ』にしても、聞いていてちょっと恥ずかしくなってしまうconfidentのが多い。

でも、そうでないのもあって、それは『象牙海岸』とか『涙のワンサイデッド・ラブ』である。前者は、絵画的な詩がいいなぁと思ったら、松本隆の作であったか。

そして結婚後に発売されたのが、1984年発売の『VARIETY』だ。これはCDだったかレコードだったかをレンタルして、車用のカセットテープを作り、テープが伸びるほど聞いた。事実テープは伸びてしまい、2本作った記憶がある。

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2013年7月 3日 (水)

夜の糸車

1970年代の昔。小僧たちの憧れは、ラジカセだった。

私もご多聞にもれず、買ってもらった。今の30代以下、いや40代前半の方でも分からないかもしれないが    そう書くと齢がバレてしまうのだが   ラジカセとは、ラジオとカセットテープ再生装置を合わせた家電製品である。

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大きさは、A4サイズが入るバッグを一回り小さくして、厚みを増やしたぐらいだろうか。左にカセットテープ(これももはや死語だ)、右にモノラルスピーカーがあり、マイクを装着し、ラジオや外部の音をカセットテープに録音できた。乾電池を入れれば、持ち運びができた。
下級機はAMラジオのみ、上級機はFMも受信でき、また短波放送を受信できるのもあった。

そんな時代、富山敬氏がDJを務める「BCLジョッキー」なるラジオ番組もあって、マニアックな小僧たちの耳目を集めていた(そんな経緯から、私にとって氏は、声優というよりDJである)。

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2013年5月17日 (金)

Pastoral

「最近、よく眠れないの」
そう言ったのは、Yだった。

「じゃあ、寝る前に何か音楽を聞くといい」
私は電話口で、メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲noteを聞かせてみた。

「こういうのじゃないわ。ピアノがいい」
「じゃあ、深遠なベートーヴェンはどうだい?」
「寝る前には重すぎるわ」
「では、ショパンは?」
「クラシックはあまり聞いたことがないから」
「そうか・・・」

そこで私は、中村由利子さんのCD「Interludes 時の花束」を貸してみた。いわゆる「ニューエイジミュージック」に分類される音楽である。

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2013年4月24日 (水)

1本の音楽

どうも私は性格がひねくれているのか、好みが世のMajorityと違っているようで    それ故変人扱いされがちなのだが    姫神のように、あまり人の知らない音楽を好むようである(姫神を知っている人が少なくて驚いた)。

それは他には、ベートーヴェンの「悲愴ソナタ」noteはブルーノ・レオナルド・ゲルバーというアルゼンチン人ピアニストが弾いたのが一番いいと思っていたり、プッチーニのオペラ「ボエーム」は、トゥリオ・セラフィンが指揮した1960年代のものが歴史的名盤cdだと思っていたり、「パッヘルベルのカノン」はルイ・オーリアコンブというフランス人指揮者による演奏notesこそ最高のカノンだと思っていることである。

 

でもまぁ実を言えば、どれも、知る人ぞ知るアーティストなのであるが、あまり有名ではない、メジャーになれなかった、歴史に埋もれようとしているという類のものでもある。
別な言い方をすれば、「優れているshineけど、有名でない」のだ。 

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この村田和人も、音楽そのものは抜群にいいのだが、そんな範疇に属するかもしれない。

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2013年2月24日 (日)

卒業写真

「いちごさん、わたし、困ってるんです。助けてください」

そう言ったのは、女子高の卒業を間近に控えたTだった。
彼女は、面長の顔に、三つ編みの髪を左右に垂らしていた。我々の年代で分かりやすく言えば、「魔法使いサ○ー」に出てくる「花村よし子」を日焼けさせた感じである。
聞けば、卒業文集に載せる原稿を頼まれたのだが、どう書いていいか分からず、途方に暮れているのだという。

私は言った。
「普通に、自分で書けばいいじゃない」
「そんなこと言われても、自信がないんです。国語の成績悪いし」
「で、なぜそこで話を俺に振ってくるの?」
「代わりに書いてほしいんです」

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2013年2月 7日 (木)

幽霊の正体見たり

昔。

ある4階建てのビルで仕事をしていた。そのビルは、全フロアともその会社である。

年末の締め切り間近で、1人帰り、2人帰り、とうとう最後の1人になってしまった。私の席は玄関がよく見える位置にあったから、誰か来ればすぐ気づいたし、その日も、2階から上にはもう人はいないのを知っていた。
最後の1人が帰ったあと、防犯上玄関の鍵を閉め、私は外からあまり見えないようにして1人続けた。

30分ぐらいして電話が鳴った。

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2012年12月 5日 (水)

映画 MISSION

amazonから、注文していたDVDcdが届きました。 映画movie「MISSION」です。

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Wikipediaより抜粋:『ミッション』(The Mission)
1986年のイギリス映画。1750年代、スペイン植民地下の南米・パラナ川上流域(現在のパラグアイ付近)を舞台に、先住民グアラニー族へのキリスト教布教に従事するイエズス会宣教師たちの生き様、彼らの理想と植民地社会の現実や政治権力者の思惑との葛藤を描く。

この映画movie、冒頭で十字架に磔にされた宣教師が滝壺に落とされるシーンが、妙に気になっていました。

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2012年11月 5日 (月)

NIGHT BIRDS

大学に入って間もない頃である。
最初に借りたアパートは、K荘という、二階建ての長屋みたいなところだった。玄関で靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて階段を上がると、左に部屋が並んでいた。右にあるのは窓と、共用のトイレと、押すとボコボコ言うステンレスの炊事場である。
21世紀の今、アパート名は訳の分からないカタカナばかりだが、1980年代はそんなもので、「コーポ」とか「ハイツ」なんていうのは、気のきいた名前だった。

すぐ脇に大家が住んでいたからかどうか、そのアパートは男女混合で、私の隣の部屋には、年上の女子大生が住んでいた。彼女はほとんど留守にしていたので、顔を合わせることは滅多になかった。

そんなある日、大家の計らいで、お好み焼き屋で住人同士の懇親会をすることになった。

写真はラーメン博物館
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2012年10月18日 (木)

シバの女王

先日、カレー味のカップラーメンを食べたら、受験勉強pencilをしていた頃を思い出した。これから書くのは、そんなウン十年も前の話。

確か高校3年の頃、私は学校から帰るとすぐに寝て、夜8時頃起きて夕飯と風呂を済ませ、深夜2時か3時まで勉強をしていた。いつからそんな生活スタイルをとったかは定かではないが、一度寝ると頭がすっきりして、深夜は周りが静かで集中できた。だが最大の理由は、ラジオの深夜放送だった。

いつも、深夜放送を聞きながら勉強していた。wikipediaで調べ、おぼろげながら思い出した。曜日によって、セイヤング、オールナイトニッポン、パックインミュージックを聞き分けていた。DJをざっと列記してみると、谷村新司、落合恵子、吉田照美、笑福亭鶴光、山本コウタロー・・・。わけても金曜日の野沢那智&白石冬美は秀逸だった。

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